人生の曲がり角

新宿生まれ新宿育ち、ノリで沖縄移住。フリーライター。

メンターは岡本太郎

憧れてる人とかこの人になりたいって人は、昔からいません。

小さい頃にセーラームーンになりたかった以外は今の今まで、誰かに憧れたことは1度もない。

 

だけどメンターと呼べる人が2人いて、1人は会ったこともないし死んじゃってる。

私は彼の書いた本しか読んだことないし、美術館に行ったこともないし、行きたいとも思わない。

でも彼の生きてきた情熱的な日々が私に刺激をくれて、弱ってる私に「そんなことでつまずくぐらいなら止めちまえよ(笑)」とあざ笑ってくれるコンパスみたいな人。

 

それが岡本太郎

 

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ずっと名前は知っていたけど、絵を見たことも調べることもなかった。

興味がなくて知りたいとも思わなかったけど、新宿でホームレスをしていた頃これで人生終わりかなと思うようなことがありました。

 

お金はあったけど、お金を使って何かするのは私のホームレスとしての生き方に反していた。

だから食料も寝床もその日に自力で探すのが信念だったけど、そう上手くいかずに度々死にかけてました。

 

その日は本を買うかご飯を買うか迷って、ブックオフに行った。

空腹よりも退屈の方がずっと退屈で辛い。

 

そこで目に留まったのが、岡本太郎の「自分の運命に楯をつけ」でした。

 

それまでの岡本太郎のイメージは「狂ったおっさん」でしたが、読み終わった後も「狂ったおっさん」でした。笑

 

でも「平気でいろ」という一文は今の私へのメッセージのような気がして、それから気が狂ったように岡本太郎の本を読み漁りました。

 

お腹が空いた。寝る場所もない。酔っ払いに絡まれて、話し掛けられればそのほとんどは援助交際のお誘い。

食べられる雑草を見つけても調理器具も調味料もないから、食べられるものも食べられない。

エサを貰っている野良猫よりひどい生活を送っていたものの、やめればいいじゃん!という友人の言葉には耳も貸しませんでした。

 

そんな毎日を悲観したことは1度もないし、好きでホームレスを始めて好きなことで死ぬならそれが本望だし、食べられなくても寝れなくても、刺激的でパワフルな、崖の淵を歩く毎日が愛おしくてたまりませんでした。

 

そう思えるのは岡本太郎のおかげで、今も軸がブレてるなと思ったときは必ず彼の本を読みます。

叱咤激励されているような、軸のブレた私を良い意味であざ笑ってくれるような、そんな気持ちになります。

 

私は彼の生み出す言葉が好きなだけで、彼の書く絵や美術品には興味がありません。

記念にと思って彼のコレクションを購入しようかと思いましたが、お金を出して彼の作品を集めることを岡本太郎はよく思わないでしょう。

 

1度でいいから会いたかったな、というのが私の人生で唯一の心残りです(笑)

 

2018年は何をしようか。

明けましておめでとうございます🎍

 

昨日のブログ、超特急ジェットコースター並みに急いで書いてしまいました。

 

そう、26歳になったんです。


25歳になった頃から筋肉痛が1日では治らなくなり、ちょっとでも夜更かしすればニキビができ、太るのは背中からで痩せるスピードがとっても遅くなりました。

 

若かりしあの頃はスキンケアもろくにせず、化粧水も下地も無しにいきなりファンデーションを塗りたくり、数日落とさなくても肌はピンピンしておりました。

 

老化は悲しいものですが、目尻のシワを見てなんだかんだ今まで幸せに生きてきたってことだと自分に言い聞かせております。

 

さて、2017年も終わり2018年になりました。
2017年になった初日に風邪を引き、頭がぼーっとしたまま靖国神社へ行ったのを覚えています。

 

そして1月6日に沖縄県へ移住しました。

 

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住んでみるか!の勢いで家を探し、とりあえず行ってみるか!で家を契約し、何も考えずに沖縄に来て、考えてから来ればよかったと思ったこともありました。
所持金15万円だけを握りしめてきた私は家賃は払えず仕事も見つからず、何しに来たんだと最初は葛藤したものです。

 

縁もゆかりもないこの場所でたくさんの人が助けてくれて、先月年を越す前に、未払いだった分の家賃と少しばかりのお礼を渡すことができました。

 

慣れた街を出ることはとても高い壁のように思っていましたが、案外そんなこともなく、いつか…と思っていた海外移住も沖縄移住を経験したことで、手が届く目標になりました。

 

「雇われることに向いていないんじゃないか」と思いながら雇われてきましたが、それは個人事業主になったことで確信に変わり、初月3万円のお給料を頂いたとき「文句を言いながら働いていても、月30万の会社員時代より私は労働力になれていないということ」とお金を稼ぐことの意味を考えさせられました。

 

どのくらいの人が読んでいるかは数字になって現れるこの仕事ですが、誰が読んでいるかまでは分からず、そして「本当に読んでくれているのか・記事を見て何を感じているのか」それがダイレクトに分からないことに未だに不安を感じます。
答えも正解もないこの仕事は人生に似ているような気がして、とりあえず私に書けること書けばいいよね!というのが私なりの正解です。

 

戦争に紛争、そして絶えない宗教問題。
ずっとずっと首を突っ込みたかったのに、怖くてできなかったこと。
今年はその第一歩として、1人海外旅行デビューしようと思います。

 

算数や国語、理科社会の勉強は大嫌いだったけど、社会人になってから本を読むことに夢中になりました。
そして宗教問題にのめり込み、無神論者の私は命を懸けてでも信じられるものがある人に会いたくなりました。

 

でもそれは私が2度とここへ帰ってこないことを意味しているし、きっとそこに生きる価値を見出してしまったら何もかもを失う覚悟を決める。
それがなんだか寂しくて、勇気が出なくて、そして気付けば26歳になりました。

 

死ぬまでにはまだ時間があります。
やれないと思っていたはずのことは、だいたいやってこれました。
見たいものを見るために、今年は自分にさらなるチャレンジを課せたらなと思います。

 

そんな意味を込めて1番大切な人の苗字を貰い親からもらった名前を付けて、中川リナとしました。

 

それでは、今年も何卒宜しくお願い致します!

 

中川リナ

感謝

26歳になりましたー!もうすぐ2018年!

 

こんにちは、中川リナです。
そう、ペンネームを変えました。
(新しい名刺を作成中です。届くまでは前の名刺をお渡しするかもしれませんが、何卒宜しくお願い致します)

 

12月26日に26歳になりました!

 

ウェルカムトゥアラサー🤩

 

30代が女として最高に脂の乗る歳で、40代が人として最高に脂が乗る歳だと信じております。
そんな「良い女全盛期」まで、残すところ4年となりました。
永遠に17歳から歳をとらないんだと信じていたあの日から、早9年が経ったことになります。頭が追い付きません。

 

さて、2017年は沖縄に移住したり個人事業主になったりと変化の激しい1年でした。

 

前々からずっと「25歳になったら関東を出る」と決めていた目標は、なんとか達成することが出来ました。
「私は雇われることに向いてないんじゃないか」という心の中の小さな疑問も、解決することができました。

 

「やればできるじゃん!」と、より自分に、自分の人生に、自信を持てた1年です。

来年はライターとして成長し、そしてこれまた引っかかっていた「投資」に手を出し、最後は1人海外旅行の3つを目標にしたいと思います。

 

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(どれが私でしょうか。2人は母と妹)

 

今年1年間、皆様本当に有難う御座いました。
また来年も毎日笑って過ごしますので、どうかこのバカな人生に少々お付き合い頂けたら幸いです。

残り数十分となりますが、良いお年をお迎えください。
それではまた🎍

 

中川リナ

固定概念は人生を殺すだけ。

こんにちは、Stella Leeです。

 

私は13歳から毎日、1日も欠かさずに2ちゃんねるを見ています。

ロム専(見てるだけ)の日もあれば、コテハン固定ハンドルネーム)であーでもないこーでもないと言い合いをしたり、私の13歳からの人生に2ちゃんねるは欠かせないものです。

 

2ちゃんねるを知ってから、300人以上の人たちと会いました。

もちろん2ちゃんねるを通して、電話番号とメールアドレスしか知らない相手と数多くの時間を過ごしてきました。

 

その中で今でも連絡を取り合い、繋がってる人が何人か居ます。

彼らは親友であり、戦友であり、そして何よりも大切な私を支えてくれる人です。

 

ネット掲示板ニートやクソ人間の溜まり場だと思ってる人は、この世に何人いるでしょうか。

私は実際に300人以上の2ちゃんねらーに会って、頭の回転が悪く、なんの挫折も苦労もしてない根性無しに、ネット掲示板を楽しめる人間は居ないと分かりました。

 

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この言葉が1番、2ちゃんねらーに合っているでしょう。

 

「本当のバカと、バカのふりをしてる人間は、同じようで天と地ほど違う。」

 

2ちゃんねるを見たことのある人なら分かるかもしれませんが、時折札束や高級車の鍵を晒す人間が居ます。

あれをすることでバカを釣り、また上手のバカに釣られ、そう言った経験を生かし会社を大きくしたバカもいました。

 

何をすれば人は心から信じて、何をすれば人は見向きもしなくなるのか。

10年前のネットは全裸の写真を晒しても何も問題になることはなく、私も自宅の住所や職場をペラペラと晒したものです。

 

それに釣られるバカと、それで釣り上げた上手のバカ、両者に会いましたが、この世の天と地を見るようでした。

でも2人は全く違う生き方をしているようで、全く同じ生き方をしてる。

そんなことに気付かせてくれたのも、2ちゃんねるでした。

 

人生の岐路に迷ってるなら、2ちゃんねるを見たらいい。

そんなアホな!と思うかもしれないけど、そんなアホなことが実際に多くの人間を救ってたりする。

そしてそのアホなことを書いてる人間が、世界でピラミッドの頂点に立つ、バカのふりが誰よりも上手いバカだったりする。

 

まとめはあんまり好きじゃないけど、迷いがあるなら、不思議ドットネットを読み漁るといいよ。

朝まで眠れなくなるけど、でもきっと朝には見えるものがはっきりしてるから🤩

私の祖母は余命半年。

こんにちは、Stella Leeです。

 

八百屋を手伝ってほしい。と言われる2日前に、祖母の余命が半年だと聞かされました。

ライターをお休みしようと決めたのも祖母との時間を確保するためで、自分の気持ちの整理のためにブログを書こうと何度も思いました。

 

日陰を歩いて遠回りばかりしてきて「苦労したね」と言われる人生だけど、祖母の余命を聞いたときほど辛いことはありませんでした。

 

私は長女であり、祖母にとっては初孫です。

3年後に生まれた妹が病気がちだったこともあり、幼少期は両親との思い出より祖母との思い出の方が多いです。

旅行も遊園地も買い物も食事も、映画も銭湯も何もかも、祖母と一緒。

 

小さい頃の口癖は「おばあちゃんが死んだら一緒に棺桶に入ろうね!」

 

思春期に家に帰らなくなっても、高校受験を放棄しても、祖母だけは私を責めることなく味方でいてくれました。

社会人になって一人暮らしを始めても2週間に1度は祖母の家に行き、お菓子を食べながらおしゃべりしていました。

 

沖縄に移住すると言ったとき、とても寂しそうな顔をしていたのを覚えています。

「でもあなたは頑固だから、自分で決めたなら楽しんでやりなさい。」と言われました。

その時は70歳を過ぎても仕事を掛け持ちし、友人と旅行に行き、人生を思いっきり楽しんでいた祖母ですが、私が沖縄に移住して3ヶ月した頃から入退院を繰り返すようになりました。

 

「今の今まで、家事も仕事も趣味も遊びも、全部できたのに何も出来ない。」

 

そう言って電話越しで泣く祖母を慰めることしかできませんでした。

 

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なんで沖縄に移住してからなのか。

なんで簡単に帰れない距離になってから、こうなるのか。

間違いだったのか。

 

そんなことばかりを考えて、毎日電話をしては泣いたり笑ったり、祖母との時間は日々過ぎていきました。

そして8月の終わり、急性白血病という病名が付き、余命半年だといわれました。

 

仕事も沖縄移住も、何もかも失って構わないから帰ろう。

 

そう決めました。

ライターとして生きていく時間は、大いにあります。

沖縄に移住して暮らしていく時間もまだまだある。

でも祖母との時間は半年しかない。

 

後悔しない。これを最優先事項に、あとのことはどうなってもいいと決めました。

 

今でもまだ、受け入れられていません。

会えば泣き止めないでしょうし、1分も1秒も惜しくて仕方ないです。

 

でも沖縄に来てからこうなったのは、きっと強くなれと誰かが言っているんだと思います。

私は十分たくましくなったつもりですが(笑)まだまだなんでしょうね。

 

自分が歳を重ねるごとに家族や友達も歳を重ねるのは当たり前ですが、どこかで安心していた自分がいました。

心から大切に思う人を失う日がいつかは来るのだと、自分に言い聞かせています。

そしていつかはそのことを受け止め、前を向かなくてはいけないんだと。

 

「病気なんかに負けるか!」

 

と余命を知らない祖母の声は、とても元気です。

母から聞く話は私との電話だけは気丈に振る舞っているんだなと分かり、そんな祖母との時間をより大切にしたいと思っています。

 

そして9月、屋号をおばあちゃんの名前にしました。

 

今ライターを休んでいるのも、ライターとして必要な時間。

そしてこれから書く記事は「榮」という屋号を背負って書くことで、少しでもおばあちゃん孝行になればなと思います。

 

私は無神論者だけど、都合の良い人間なので(笑)

 

頼む!神様!おばあちゃんを元気にしてくれ!!

 

 

 

 

 

仕方がないことと諦めることは、全く違う。

こんにちは、Stella Leeです。

 

「とりあえず」「今だけ」

と思いながらする選択、無意識にしてませんか?

私はそんな選択が大嫌いで、誰かがそれをしてると気持ちがサーっと冷めてしまいます。

 

ホームレス時代に学んだことは、

「人は本当に飢えてからでないと、本当に欲しいと思うものを手に入れられない。」

 

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とりあえずこれでいい、今だけだからこれでいい、そうして一時的に欲を満たして満足して、そこで何もかもが止まってしまう。

いつしか本当に欲しいものは手に入らないものだと決め付け、手に入れることのできる人は一握りの人間だけだとひねくれた考えに行き着く。

 

私は気に入るものが見つかるまで、絶対に買い物をしない。

カーテンも気に入るものが見つかるまでは丸見えだろうが寝れなくなろうが、気に入らないものと生活してるよりはずっとまし。

洋服を買いに行っても1枚のTシャツに、本当に気に入ってるのか本当に好きなのか何時間もかけて考える。

服も家電も家具も自転車も、気に入るものが見つかるまでは「無いことを楽しむ」ことに徹底して生活する。

 

人間なんて馬鹿な生き物だから、一時的であっても欲が満たされれば「本当に欲しいもの」のことはすぐに忘れる。

でも私にとっては生きていく上で「全て」が、一時的では困るものだから忘れるなんてことは絶対に出来ない。

 

沖縄に移住する少し前に買った7万円の自転車、何年もかけて見つけて、見てるだけでコーヒーを美味しく飲めるほどお気に入りだったけど、移住する前に売った。

輸送費が自転車本体価格と同等だったこと、そして売ってほしい!という人がそのタイミングで現れたことが決め手だった。

その買い取ってくれた人がその自転車を好きなのが伝わったから、その選択は間違いじゃなかったと今でも思ってる。

そして今、その自転車を買い戻そうとしたらどこも完売状態で手に入らない。

唯一見つけたのは実店舗のみで通販はやっていない、神奈川県のお店。

 

でも絶対に諦めないし、その自転車に乗れないなら一生歩いて生活する。

だから今日「いつか通販をやることがあったら、連絡をもらえたら嬉しいです。」とメールをした。

 

そんな機会は一生来ないかもしれないけど、それならそれで歩くだけだから構わない。

ただそんなチャンスがあったとしたら、絶対に手に入れたいものだから逃すわけにはいかない。

 

そうやって、今までの人生で欲しいものは「全て」手に入れてきた。

仕事も恋愛も引越し先も、お金も。

 

人生が2度も3度もあるなら、1度くらいは「とりあえず」の人生でもいいかもしれない。

でも私にはこれっきりの人生だし、明日死ぬかもしれないのに「とりあえず」なんて呑気なことは言ってられない。

 

「仕方がないこと」と「諦めること」には、天と地の差がある。

仕方がないことは、泣いてももがいても変えられないこと。例えば死や他人の人格、生まれてきたこと。

諦めることは、泣いてもがけば変えられる。例えば、仕事や住む場所、付き合う友人や恋人、そして自分自身。

 

諦めるなんて、ちょーダサいしちょーかっこ悪い。

それなら潔く、これしか欲しくない!だからみっともなくても世間にどう思われても、それが手に入るまでは意地でも生きてやる!

って人間の方が、キラキラ輝いててめちゃめちゃかっこいい。

 

だからこれからもやりたい事だけやって生きていくし、お金なんて二の次、三の次でいい。

印刷された紙1枚に私の人生を左右される気はサラサラないし、主役はいつだって!わ!た!し!笑

 

 

肩書きほど、人を腐らせるものはない。

こんばんは、Stella Leeです。

野菜屋の手伝いを始めてから22時半には布団に入り、遅くても0時には寝るようになりました。
こんな生活は人生で初めてで、まだ水曜日?!という充足感の中で暮らしています。

 

正社員かバイトか、高卒か大卒か、既婚か未婚か、みんなそれぞれ「肩書き」を持っていますよね。
未成年か成人か、女か男か、免許があるかないか、その人を表す要素として1番目に付いて捉えやすいものを履歴書に書いたり、自分を誰かに紹介するときに話すもの全てが「肩書き」だと思っています。

 

それなら私はなんだろう?と考えました。

 

ある時期はアパレル店員として渋谷109で大声を張り上げ、ある時期はキャバクラでソファーの上をピョンピョン飛び跳ねて、そしてある時期は寒さに凍えながら公園のベンチで寝て、今はライターをお休みして野菜屋のお手伝いをしている。。。

 

私は男の人が好きな女だけど、男だと思われても女だと思われてもいい。可愛いとかキレイって言われるのは嬉しいけど、それは性別関係なく誰だって「自分を褒めてもらう」ことは嬉しいんじゃないかな。

 

部活も掃除の時間も担任もなかった、フリースクールという高校を卒業した高卒だけど、高卒だから勉強が出来ないってのは短絡的な考え方にしか過ぎない。

 

仕事は転々としているし、無職だった時もある。一貫性もなければ、石の上にも三年なんて馬鹿馬鹿しいとすら思う。

 

世間的に見れば、自由で責任感もなく、ただ好きなことをして生きてるだけの、不真面目で先を考えないアンポンタンなんだろう。
でもそれでいいよ、あんたに私の人生関係ないし(笑)

 

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よくキャバクラに「俺は一流企業に勤めてる」とか「誰でも知ってる大学を出てる」とか、肩書きにしか縋れない寂しい人たちが来てた。そういう人は「すごーい!尊敬するぅー!」って言われたい。
要は肩書きにしか自信がないから、自信のある肩書きを通して本当の俺を認めてもらいたい。

 

そういう人を落とすのが1番簡単で、すごーい!尊敬するぅー!って言わなきゃいい。
「実はとっても繊細で傷つきやすくて、でもそれを分かってもらえないタイプでしょ?」この一言で「え?なにお前?なんで分かるの?」で通うようになる。


認めてもらいたい気持ちを埋めるんじゃなく、消し去ってあげる(ように見せる)。
本人は「こんなに偉い俺がキャバクラに来てやってる!」というスタンスだから、もてはやすキャバクラではなく心の傷を消すキャバクラを見せてあげる。
本当に消えるかどうかは別にしてね。

 

人間って大した生き物じゃないし、言葉を持たない動物よりもずっと愚かで残酷。
気分で仲間を殺すし、気分でそれを正当化して生きている。正当化する仲間が多ければ多いだけそれは「普通・当たり前」という感覚になって、そうじゃない仲間が仲間で無くなる。

 

そんなどうしようもない生き物なんだから肩書きなんかに縋ったところで、何も変わる訳がない。
必死に勉強して偉くなっても、遊び呆けて風俗に流れ着いても、所詮は同じ生き物。そう考えれば、肩書きに縋るのも馬鹿馬鹿しくなるし、肩書きで人を見るのもアホらしくなる。

 

1番あてにならない物差しだよ、肩書きって。

 

私は記事も書くし、事務もやる。
ふらっと何ヶ月も東京にいたり、はたまた突然沖縄に来たりもする。
私は何でもないし、何でもいい。肩書きなんて人が勝手にそう呼ぶだけじゃないかな?

 

なら私は、世界一のアホって次の名刺に書こう!笑

 

正解も不正解もこの世にはないから、好きなことを好きなだけやって好きにしたらいい。
誰かを傷付けたり、誰かを悲しませること以外の全部が、正しい生き方なんだと思う。
いつかそれが肩書きになったら、頂いた肩書きを有難く使わせてもらいたい。