人生の曲がり角

新宿生まれ新宿育ち、ノリで沖縄移住。フリーライター。

肩書きほど、人を腐らせるものはない。

こんばんは、Stella Leeです。

野菜屋の手伝いを始めてから22時半には布団に入り、遅くても0時には寝るようになりました。
こんな生活は人生で初めてで、まだ水曜日?!という充足感の中で暮らしています。

 

正社員かバイトか、高卒か大卒か、既婚か未婚か、みんなそれぞれ「肩書き」を持っていますよね。
未成年か成人か、女か男か、免許があるかないか、その人を表す要素として1番目に付いて捉えやすいものを履歴書に書いたり、自分を誰かに紹介するときに話すもの全てが「肩書き」だと思っています。

 

それなら私はなんだろう?と考えました。

 

ある時期はアパレル店員として渋谷109で大声を張り上げ、ある時期はキャバクラでソファーの上をピョンピョン飛び跳ねて、そしてある時期は寒さに凍えながら公園のベンチで寝て、今はライターをお休みして野菜屋のお手伝いをしている。。。

 

私は男の人が好きな女だけど、男だと思われても女だと思われてもいい。可愛いとかキレイって言われるのは嬉しいけど、それは性別関係なく誰だって「自分を褒めてもらう」ことは嬉しいんじゃないかな。

 

部活も掃除の時間も担任もなかった、フリースクールという高校を卒業した高卒だけど、高卒だから勉強が出来ないってのは短絡的な考え方にしか過ぎない。

 

仕事は転々としているし、無職だった時もある。一貫性もなければ、石の上にも三年なんて馬鹿馬鹿しいとすら思う。

 

世間的に見れば、自由で責任感もなく、ただ好きなことをして生きてるだけの、不真面目で先を考えないアンポンタンなんだろう。
でもそれでいいよ、あんたに私の人生関係ないし(笑)

 

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よくキャバクラに「俺は一流企業に勤めてる」とか「誰でも知ってる大学を出てる」とか、肩書きにしか縋れない寂しい人たちが来てた。そういう人は「すごーい!尊敬するぅー!」って言われたい。
要は肩書きにしか自信がないから、自信のある肩書きを通して本当の俺を認めてもらいたい。

 

そういう人を落とすのが1番簡単で、すごーい!尊敬するぅー!って言わなきゃいい。
「実はとっても繊細で傷つきやすくて、でもそれを分かってもらえないタイプでしょ?」この一言で「え?なにお前?なんで分かるの?」で通うようになる。


認めてもらいたい気持ちを埋めるんじゃなく、消し去ってあげる(ように見せる)。
本人は「こんなに偉い俺がキャバクラに来てやってる!」というスタンスだから、もてはやすキャバクラではなく心の傷を消すキャバクラを見せてあげる。
本当に消えるかどうかは別にしてね。

 

人間って大した生き物じゃないし、言葉を持たない動物よりもずっと愚かで残酷。
気分で仲間を殺すし、気分でそれを正当化して生きている。正当化する仲間が多ければ多いだけそれは「普通・当たり前」という感覚になって、そうじゃない仲間が仲間で無くなる。

 

そんなどうしようもない生き物なんだから肩書きなんかに縋ったところで、何も変わる訳がない。
必死に勉強して偉くなっても、遊び呆けて風俗に流れ着いても、所詮は同じ生き物。そう考えれば、肩書きに縋るのも馬鹿馬鹿しくなるし、肩書きで人を見るのもアホらしくなる。

 

1番あてにならない物差しだよ、肩書きって。

 

私は記事も書くし、事務もやる。
ふらっと何ヶ月も東京にいたり、はたまた突然沖縄に来たりもする。
私は何でもないし、何でもいい。肩書きなんて人が勝手にそう呼ぶだけじゃないかな?

 

なら私は、世界一のアホって次の名刺に書こう!笑

 

正解も不正解もこの世にはないから、好きなことを好きなだけやって好きにしたらいい。
誰かを傷付けたり、誰かを悲しませること以外の全部が、正しい生き方なんだと思う。
いつかそれが肩書きになったら、頂いた肩書きを有難く使わせてもらいたい。