人生の曲がり角

新宿生まれ新宿育ち、ノリで沖縄移住。フリーライター。

私の祖母は余命半年。

こんにちは、Stella Leeです。

 

八百屋を手伝ってほしい。と言われる2日前に、祖母の余命が半年だと聞かされました。

ライターをお休みしようと決めたのも祖母との時間を確保するためで、自分の気持ちの整理のためにブログを書こうと何度も思いました。

 

日陰を歩いて遠回りばかりしてきて「苦労したね」と言われる人生だけど、祖母の余命を聞いたときほど辛いことはありませんでした。

 

私は長女であり、祖母にとっては初孫です。

3年後に生まれた妹が病気がちだったこともあり、幼少期は両親との思い出より祖母との思い出の方が多いです。

旅行も遊園地も買い物も食事も、映画も銭湯も何もかも、祖母と一緒。

 

小さい頃の口癖は「おばあちゃんが死んだら一緒に棺桶に入ろうね!」

 

思春期に家に帰らなくなっても、高校受験を放棄しても、祖母だけは私を責めることなく味方でいてくれました。

社会人になって一人暮らしを始めても2週間に1度は祖母の家に行き、お菓子を食べながらおしゃべりしていました。

 

沖縄に移住すると言ったとき、とても寂しそうな顔をしていたのを覚えています。

「でもあなたは頑固だから、自分で決めたなら楽しんでやりなさい。」と言われました。

その時は70歳を過ぎても仕事を掛け持ちし、友人と旅行に行き、人生を思いっきり楽しんでいた祖母ですが、私が沖縄に移住して3ヶ月した頃から入退院を繰り返すようになりました。

 

「今の今まで、家事も仕事も趣味も遊びも、全部できたのに何も出来ない。」

 

そう言って電話越しで泣く祖母を慰めることしかできませんでした。

 

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なんで沖縄に移住してからなのか。

なんで簡単に帰れない距離になってから、こうなるのか。

間違いだったのか。

 

そんなことばかりを考えて、毎日電話をしては泣いたり笑ったり、祖母との時間は日々過ぎていきました。

そして8月の終わり、急性白血病という病名が付き、余命半年だといわれました。

 

仕事も沖縄移住も、何もかも失って構わないから帰ろう。

 

そう決めました。

ライターとして生きていく時間は、大いにあります。

沖縄に移住して暮らしていく時間もまだまだある。

でも祖母との時間は半年しかない。

 

後悔しない。これを最優先事項に、あとのことはどうなってもいいと決めました。

 

今でもまだ、受け入れられていません。

会えば泣き止めないでしょうし、1分も1秒も惜しくて仕方ないです。

 

でも沖縄に来てからこうなったのは、きっと強くなれと誰かが言っているんだと思います。

私は十分たくましくなったつもりですが(笑)まだまだなんでしょうね。

 

自分が歳を重ねるごとに家族や友達も歳を重ねるのは当たり前ですが、どこかで安心していた自分がいました。

心から大切に思う人を失う日がいつかは来るのだと、自分に言い聞かせています。

そしていつかはそのことを受け止め、前を向かなくてはいけないんだと。

 

「病気なんかに負けるか!」

 

と余命を知らない祖母の声は、とても元気です。

母から聞く話は私との電話だけは気丈に振る舞っているんだなと分かり、そんな祖母との時間をより大切にしたいと思っています。

 

そして9月、屋号をおばあちゃんの名前にしました。

 

今ライターを休んでいるのも、ライターとして必要な時間。

そしてこれから書く記事は「榮」という屋号を背負って書くことで、少しでもおばあちゃん孝行になればなと思います。

 

私は無神論者だけど、都合の良い人間なので(笑)

 

頼む!神様!おばあちゃんを元気にしてくれ!!