人生の曲がり角

新宿生まれ新宿育ち、ノリで沖縄移住。フリーライター。

胸を張れなかったことが、ライターで武器になった。

今では偉そうにあーだのこーだのと言ってるわたしですが、昔は内気で口数も少なく、中学生の頃は内気すぎていじめられていた時期もありました。

 

自分の生きてきた環境や選択してきたことに自信を持つどころか、劣等感ばかり感じて「生きづらさ」を感じていた日もありました。

 

でもライターになって自分をブランディングしていく中で、胸を張れなかったことも武器になって、劣等感はわたしに自信を持たせてくれたのです。

 

■世界で一番、自分のことが嫌いだった。

 

小さいときからあまり話す方ではなかったわたしは、親になにを聞かれても「大丈夫」と答えるのが口癖でした。

 

相手が先生でも「大丈夫」友達でも「大丈夫」

 

大丈夫じゃなくても、「大丈夫」

 

なにがあっても「大丈夫」と答えて、何もかもを溜め込んでいました。

 

内気で、ネガティブで、明るく友達がたくさんいる子を羨ましがっては、その子のようになれない自分が嫌になって、そんな悪循環を中学生になっても繰り返していました。

 

気付くと給食は一人で食べるようになり、教室の移動もひとり、学校にいて一言も話さずに帰る日もあれば、ストーブの前で体温計を温めて「熱があるから学校に行けない」と嘘をついたこともありました。

 

「なにが」と言われると、「これが」という明確なものはなかったのですが、とにかく自分のことが嫌いで仕方なかった。

顔も性格も行動も、すべてが嫌いでした。

 

■やりたくてやったのに、自分で選んだことなのに、劣等感ばかり感じていた。

 

フリースクールに行くことを選んだのも、会社を辞めてキャバクラ嬢になったのも、自分が選んだことなのに劣等感ばかり感じていました。

 

いま考えると幼いな~~wwって笑っちゃいますけど、当時のわたしは同い年の子たちが真面目に学校に行って真面目に社会人やってるのを見て、「これでいいのかな」と思ってる自分がどこかにいました。

 

学歴もない、一生懸命なにかをしてきたわけでもない。

資格もろくにないし、抜き出た才能を持ってるわけでもない。

 

そんな自分に劣等感を持って、どこかで「こんなはずじゃなかった」と思っていました。

 

単位さえ取れば、学校に行く必要のなかったフリースクール

売上さえ上げれば、出勤日数は関係なかったキャバクラ。

 

実力主義じゃないと頑張れない自分の性格に合った選択をしただけなのに、「普通」ではない自分の選択を愛せませんでした。

 

■それでも生きるしかなかったし、生かされてる理由があった。

 

それでも「死にたい」と思ったことはありませんでしたが、「生きたい」と思ったこともありませんでした。

 

どんなに自分のことが嫌いなまま寝ても、朝はまた来て、また嫌いな自分の1日が始まる。

 

来るな!来るな!と思っても太陽は昇ってきますし、地球は回転を続けます。

 

「このまま下を向いていて、なにになる?」

「プラスになるのか?ならなかっただろう。」

 

それがきっかけで、自分のことを知るために心理学と精神医学を学び始めました。

それだけでは分からないこともあり、哲学・物理学・数学・宗教学・近代神秘学となっていったのです。

 

そして沖縄に移住し、ライターになりました。

 

またここでも得意の劣等感を感じていたのですが、「ライターにとって自分をブランディングすることが大切」という一文に出会ったことで大きく変わりました。

 

■だれも持っていないものを、わたしだけが持っていた。

 

「自分をブランド化するなら、なにを売りにするだろうか。」

と三日三晩考えました。

 

それまでのわたしのライターのプロフィールには、フリースクールを出たこともキャバクラで働いたこともホームレスをしたことも書いていませんでした。

 

そういう異端な経歴は「弱み」であると思っていたので、「隠すこと」に必死になっていました。

 

でもわたしが「強み」だと思っていた「学歴」「職歴」「肩書き」って、みんな持っているものだったんですよね。

 

東大を出てる人はどんな人であっても、勉強のできないわたしにとっては凄い人です。

ただ、東大を出た人って何万人といるじゃないですか。

自分をブランド化する中で、何万人といる「東大卒業」という肩書きが強みになるかと考えたら、そうは思いませんでした。

 

「ただ一つ」だからブランドの価値があるのに、有名で尊敬に値することであったとしても「何万人もの人が」その肩書きを持っていたら、正直価値は薄いんじゃないかと感じました。

 

それに気付いてから、自分の経歴や歩いてきた道を赤裸々にさらすようになりました。

 

クライアントに仕事を切られるかもしれない。

同業者のフォロワーが減って、偏見の目で見られるかもしれない。

新規の仕事を取れなくなるかもしれない。

 

不安はありました。

受け入れてほしいとは思いませんでしたが、どうしても反応は気になってしまいました。

 

でも、わたしの不安が的中するようなことは一つも起こりませんでした。

新規の仕事を始めることになったクライアントには「僕が一生経験することがないことをしていて、正直羨ましいと思う」と言われ、フォロワーは減るどころか日々増えていき、ほかの同業者のツイートはどんな記事を読むよりも勉強になります。

 

そんなライターさんたちに知り合えて、クライアントに知り合えて、記事を書くという仕事が心底好きになれたのは、すべて私のしてきたこと・見てきたもの・選んできたことのおかげでした。

 

■今は自分の人生に胸を張って、自慢げに生きてる。

 

わたしは自分の人生を愛しているし、誇りを持って生きてます。

 

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生きづらさを感じてる人には「好きになれ」とは言わないけど、「嫌いになる必要もないよ」と言いたいです。

 

なにがどこで役に立つのか分からないのが人生だから、劣等感や嫌悪感も抱えたまま生きていていい。

 

手放す必要もないし、それらを嫌いになる必要もない。

ひっくるめて自分で、それを活かせるのも自分しかいない。

 

だからわたしは今じゃ、褒められると調子に乗る女になってしまいました(゜レ゜)