人生の曲がり角

新宿生まれ新宿育ち、ノリで沖縄移住。フリーライター。

私は心底日本人が嫌い。でも、好きで仕方ない。

私は昔から日本人が嫌いでした。 

と思いつつ、私も純血の日本人です。

 

そこで10歳のとき、生きていく上で参考にしていこうと思うものの全てを、世界を対象とすることに決めました。

 

お前らの美徳は、ただの「我慢比べ」だぞ!日本人!

 

言わないことを美徳だと思ってるから、ネットが荒れる。

 

私はかれこれ12年もネット掲示板に入り浸っていますが、どのスレも盛り上がってくると「荒らし」と「煽り」が湧いて出てきます。

 

平和的に最後までレスが伸びるのは、猫とサンドイッチマンくらいでしょうか。

 

昨今、学校でのいじめも多く取り上げられるようになりましたが、ラインなどのSNSを使用したネチネチしたいじめが多いのも、言わないことが美徳だと思っている日本人を体現しているなと感じます。

 

本当に相手の目の前で悪口を言えて、気に入らなければぶん殴るような人は、まずいじめをしません。

一方的に行うことを好まず、「かかってこいよ」と言える度胸がある。

 

そんな度胸も持っていないノミの脳みその人らが、自分を守りながら攻撃できる荒らしや煽り、SNSでのいじめに走る。

 

そもそもなんで本人の前で思ったことを口に出せないのか、なぜ感じたことを表に出さないことが美徳なのかと考えたら、それはどう考えても「自分が傷つきたくないから」であって、あくまでも自分本位で相手本位ではないわけです。

 

我慢が相手のためじゃない、ましてや自分を守るためのものって、本当クソダサいっす。

 

縁は、表面上で支える人のためのものじゃない。

 

私は「縁」って言葉が大好きで、出会いはどこであろうと胸を張って、大切な友人だといえる人がたくさんいます。

それもこれも全て縁があったからであって、出会いにも別れにも意味があると思っています。

 

でも私に友達はいません。

遊びに行くのは年に1度あるかないかで、ほぼ毎日仕事しています。

趣味はなんですか?お休みの日は何していますか?この質問がめちゃめちゃ苦手です。

だって、仕事しかしてない。笑

 

脱線してしまいましたが、それでも私には大切な友人がたくさんいます。

でも友達はいない。

 

」って言葉には「表面に現れない所で力を尽くす人」という意味があって、仏教的な意味合いでは「結果を生じる直接的な原因に対して、間接的な原因。原因を助成して結果を生じさせる条件や事情」があるといわれています。

 

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つまり、あなたにとって本当に必要な「縁」は、言わないことを美徳としてるクソダサい人たちじゃないんですよ。

 

毎日一緒にいて、誰よりもあなたを知っている顔をしておきながら、あなたにとって有益になることをなにも言わない。

自分が傷つきたくないから、嫌われたくないから、自分本位であなたの成長に足かせを嵌めている友達は、ノミの脳みそしか持っていないってことです。

 

本当に誰かのことを思うなら、自分がどうなろうとそんなことは考えたりしません。

だって相手のために口に出すんですよ?なんで自分のことを考える必要があるんですかね?

 

友達なんて、必要ない。

 

先ほども話したように、私に友達はいません。

唯一友達と言える子は、小学校一年生から付き合いのある女の子一人だけです。

 

彼女以外の人はみんな仕事で出会い、気付けば戦友になり、そして全員男性です。

そんな彼らが私にとっての「縁」であり、成長するためにわざと崖に突き落としてくれたり、背中を押してくれたり、道しるべになってくれた人たちです。

 

私が傷付いても悲しんでも、それが必ず成長に繋がると分かっているので、彼らは「敢えて」私を突き落とすことがあります。

 

見せかけのファッションを持ち歩くぐらいなら、捨ててしまって裸で戦う方がかっこいいでしょう。

その姿を見た人の中には「あいつ裸で戦ってるじゃん…」って引く人もいるでしょうし、逆に「なにあいつ!めっちゃ面白いじゃん!」と応援してくれる人もいるでしょう。

 

自分がやりたいことをやるために、人としての成長を続けていくために、本当に必要なのはどっちでしょうね?

 

それでも日本人が好きで、嫌い。

 

小学生の頃からこんなことを考えていたので、好きになるのも付き合うのも外国人ばかりでした。

彼らのはっきりとした物言いが好きで、友人の多くは日本人ならほとんど海外へ移住してしまい、価値観の同じ人を探し続けていました。

 

私も後を追って外国へ移住することだけを考えて生きてきましたが、「それじゃ面白みがないじゃん」と気付いてしまったわけです。

 

言わないことが美徳だと思っているお国柄で育った、言うことこそ美徳だと思う日本人を探すことに楽しみをシフトしました。

 

そしたらわらわら集まってくる、奇人変人の縁。笑

 

固定概念の中で育ったものの疑問を持ち、人からの評価を気にせず固定概念をものともせずに生きてきた彼ら。

縁は、私を成長させ、私にパワーをくれる存在になりました。

 

捨てちまえ、くだらねえ、黙っとけ。

 

私の好きなアドラー心理学が書いてある「嫌われる勇気」という本があります。

 

 

日本人のクソダサい美徳をぶっ壊すために必要なのは、「嫌われる勇気」

 

それと同時に持っていると強くなれるのが、「幸せになる勇気」

 

 

私の嫌いな日本人の美徳には「不幸でいることが幸福」だという、訳の分からない精神も含まれています。

なにそれ、ぜんっぜん理解できないんですけど。

 

痛みも分からないのに「とりあえず」同情して、完治するわけではない絆創膏を貼る人。

痛みを知っているからこそ、一時的に痛みの増す完治する薬をあえて塗ってくれる人。

 

あなたは、どちらの人と生涯を共にしたいでしょうね。