人生の曲がり角

実は昔、解離性障害という精神病でした。

こんにちは。

 

昨日の夜、数年ぶりにカップラーメンが食べたくなって、夜中に味噌ラーメンをかきこんですぐに爆睡しました。

 

睡眠時間4時間で起床したら、胃もたれ+吹き出物+吐き気=死

 

あぁ、歳とったんだな。

 

と思った、平成最後の8月の始まりです。

 

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最初に現れた異常は、幻覚だった

 

私はもともと内気で恥ずかしがり屋の、めちゃめちゃ人見知りでした。

 

母は「子育てってこんなに楽なの?ってくらい良い子だったよ」と言っていましたが、私自身もそう思ってしまうほど無口で欲のない子どもでした。

 

でも、言いたいことがないから言わないのではなく、言いたいことすら言えなかった私は当然ストレスが溜まるんですよね。

 

両親が離婚した小学校4年生の頃から、少しずつなにかが狂い始めました。

 

専業主婦だった母は、離婚してから昼も夜も働きに出るようになり、まだ小学校1年生の妹の面倒を見るのが私の役目でした。

 

今までとは全く違う毎日に4年生がスムーズに付いていけるわけもなく、気付けば幻覚を見るようになっていたんですよね。

 

ほとんど「誰かが家の中に入ってくる」とか「その人に殺される、逃げなきゃ」みたいな幻覚で、本気でそう思って母に電話し警察騒動を起こしたこともありました。

 

 当時はみんな「離婚したショックでちょっと不安定なだけだろう」くらいで、15年前は今ほど、精神病は理解のある病気ではありませんでした。

 

幻覚に怯えて、ただただ過ごす。

 

それが小学生の頃の記憶です。

 

中学生になって、ちょこちょこ記憶がなくなるようになった

 

完全に殻に閉じこもっていた小学校時代ですが、中学生になり非行に走り始めるとここぞとばかりに感情を爆発させました。

 

その矛先は母へ向かい、我が家は私が12歳から21歳まで、あまり仲が良い家族とはいえませんでした。

 

非行に走るようになって、まず家に帰らなくなった。

給食だけは毎日食べに行ってた学校も、ついには行かなくなった。

母にも妹にも会わなくなり、唯一祖母にだけは週に1回くらい会いに行っていました。

 

警察にお世話になるようなことも多々あり、そのとき数ヶ月ぶりに母に会うこともあったんですね。

 

そんな母を責める人もいましたが、母が責められると責めてる人に噛み付くという矛盾だらけの子どもでした。

 

妹がいて生活があるから私だけに構うこともできず、満足に向き合えないストレスと私が起こす騒動のせいで、母は精神科に通い始めました。

 

ほんとにクソ野郎だった。

 

そんなクソ野郎だった中学時代から、少しずつ記憶が抜け落ちるようになったんですよね。

 

特定の記憶じゃなくて、突然そこだけスパッと抜け落ちる。

 

例えばその日は新宿に行ったのに、記憶がないから行っていないと言う。

でも事実として自分の足で行っているし、証拠もある。

だけど、私の記憶では行っていない。

 

みたいなことが、ちょこちょこ起こるようになりました。

 

もちろん、嘘つき呼ばわりです。

 

母にも学校の先生にも、友人にも、嘘つき。

 

今でこそお互いに仕方のないことだったと笑えますが、当時の私はそんな余裕もなく荒れていくだけでした。

 

荒れれば荒れるほど、記憶が抜け落ちる。

嫌だと思えば思うほど、昨日なにをしていたかが分からなくなる。

 

冗談抜きで死にたいとかじゃなく、生きてるのが怖かった。

 

高校生になって精神科に通うようになった

 

そんなクソ野郎にも受験の時期がやってきて、友人と焦り始めていました。

今更なにをって感じですけど、そういうところが子どもですよね。

 

母とも久しぶりに話し合う機会を設けて、フリースクールへ通うことにしました。

 

 私が入学したフリースクールには地元の友人はひとりも居なくて、入学してくる子も私と同じように色々と事情を抱えていました。

 

最初だけは真面目に通ったんですけどね…だんだん行かなくなって家にも帰らなくなり、バイトして稼ぎながら男の家を渡り歩く生活を送っていました。

 

そうして17歳のときに、完全に実家から出ました。

 

母と高校だけは卒業すると約束して、あっち行ったりこっち行ったり。

 

でもそれは自立したいから自由を求めたんじゃなくて、殺したいほど憎かった母と離れたかっただけなんですよね。

 

けんか腰で出て行って、顔を合わせれば殴り合いの怒鳴り合い。

 

そして母に精神科に行こうと言われ、診察室に入り「殺したい人はいますか?」と聞かれた私は、母を指差し「います」と答えました。

 

19歳のときに、解離性障害と診断された

 

その頃も記憶が抜け落ちていて、その頻度は増していく一方でした。

 

睡眠薬を飲んでただ寝ているだけの時間が多くなり、男の家を渡り歩いてセックスして寝るだけの毎日を過ごしました。

 

死にたいとも思わないし、生きたいとも思わない。

変わりたいとか、終わらせたいとか、とにかくなにも感じなかった。

 

お腹が空いたとかあれが欲しいとか、そんな欲も無くなって、体重は30キロ代まで落ちていました。

 

どうでもよかったんですよね。

本気で心の底から、なにもかもがどうでもよかった。

唯一祖母の言葉だけは受け止めていたのに、そんな祖母の言葉すら受け止められなくなっていました。

 

親友にすら会わなくなり、いつも一緒にいるのは名前も知らない男だけ。

明日には違う男といて、来週はどこで誰とセックスしてるか分からない。

 

典型的なメンヘラ。カオス。

 

高校を卒業して就職はしていたけど、そんな日々が続いていました。

 

ある日、突然思い立った母から「あんたがおかしいのか、私がおかしいのか、ちゃんと判断してもらおう」と言われました。

 

セカンドオピニオンを受けまくって、脳波だの検査だのを受けまくって、ようやく私に病名が付きました。

 

記憶が抜け落ちる病気ですと言われても、当の本人は記憶が抜け落ちてる記憶すらないのだから、なんの実感もありませんでした。

 

そのあと真面目に精神科へ通うわけもなく、母とはどんどん疎遠になり、ほんとにクソみたいな毎日を過ごしていました。

 

でもこの頃から少しずつ「このままじゃいけない」と思い始めたんですよね。

  

今、自分が生きている世界に違和感ともどかしさを感じるようになった。

 

なにかを変えたいと思うようになって、それが母との関係だということも分かっていました。

 

病気のことについては正直よく分からなかったけど、母との関係さえ修復できたら大きく変わることは確信していました。

 

まずそれをどうにかしなければなにも進まないと、気付きました。

 

21歳になって、世界が変わった

 

変わりたいと思い始めた19歳から、21歳になるまでの2年間。

 

ほんとに苦しくて苦しくて、仕方なかった。

 

変わりたいと思うのに、その方法が分からない。こうじゃないと思うのに、そう思うことばかりしてしまう。焦りは空回りして自分の首を絞め、自らアリ地獄にハマっていくような日々でした。

 

そんな中でわけも分からないまま結婚して、離婚した後。

 

そこから世界が変わりました。

 

それまでのセックスばかりの人じゃなくて、むしろ「お前なんか抱けねえよ、ガハハ」みたいなタイプの人にやたらと出会うようになった。

 

ガサツで、女の子扱いなんか絶対にしてくれなくて、でも男とか女じゃなくて人として向き合ってくれる。

 

そういう人がたくさん集まるようになって、少しずつ彼らに世界を変えてもらいました。

 

人生とか自分とか家族とか、そういうものを真正面から受け止められるようになって、母とも笑いながら話す時間を持てるようになりました。

 

そして「1回だけでいいから、泣いても喧嘩してもいいから、話し合う時間を作ってほしい」と母にお願いしました。

 

成人した娘は子どものように泣きじゃくり、母は言葉にならない言葉で叫びまくり、現場はカオスそのもの。

 

でもそこから1年間かけて話し合う機会を何回も設けて、母との仲を修復していきました。

 

幸せは求めてない、人生には楽しさを求めてる

 

たくさん本を読んで、たくさんの愛すべきガサツな野郎たちと話して、世界を旅して、ホームレスを経験して。

 

私は人生に幸せを求めないことにしました。

 

悲しいことに聞こえる?笑

 

そうじゃないんだよね。

 

「今、幸せだと思えない奴は、一生幸せだとは思えない」

 

誰の本に書いてあったかは忘れちゃったけど、この一文で自分の驕りに気付きました。

 

「幸せになりたい」とか「幸せにしてほしい」とか、そんなものを望めるほどお前は真っ当に生きてるのか?

 

そう自分に問うたら、とてもじゃないけどイエスとは答えられなかった。

 

最低のクソ野郎なのだから、せめて今日という日を幸せだと心の底から感じて生きていないと、産んでくれた母に申し訳ない。

 

ヘラヘラ笑って、悩みなんてなさそうで、バカに見えて、怖いくらいポジティブで、褒められるのは異常な行動力と向上心だけ。

 

そんな私が出来上がったのは、今が今までで1番幸せだといつも本気で思ってるから。

 

本気で今が今までで1番幸せだと思ってると、必然的に周りの人に感謝するし、腹が立つこともなくなる。

 

だって幸せなんだもん。ありがとう以外のなにもない。

 

だけど、人生に刺激や変化を求めるのは変えられなくて、今もこれからも常に面白いことを探しながら生きてる。

 

幸せなんてあってないようなもので、物の見方ひとつでどうにでもなる。

 

そんな幻想に夢を抱いて失望するより、ワクワクしたりハッピーになれることで人生を満たした方が、確実に幸せだと感じられる。

 

病気が完治したかは知らないけど、そんなものはどうでもいい

 

結局途中で精神科へ通うのをやめたので、病気が完治したかどうかは知りません。

 

記憶が抜け落ちることは21歳でパッタリなくなり、幻覚や幻聴も「そんなのあったっけ?」レベルです。

 

どうでもいい、興味がない。

 

どこかの誰かが同じ症状の人間を観察して、統計を出して、名前を付けただけの病名に、人生を振り回されるなんて絶対に嫌だ。

 

私は私でしかないし、他の誰にもなれない。

 

クソ野郎な過去も含めて私であって、それがなければ今の私にはなれなかったんだから。

 

全部、丸ごと、何もかも、私という人間のすべてを愛せるようになったとき、もう大丈夫だと自信を持って言うことができました。

 

心配すんな、人生はなんとでもなる

 

私が今回このブログを書こうと思ったのは、妹が精神科へ通うようになったからです。

 

私が荒れ始めた中学生の頃、彼女はまだ小学生でした。

仕事で家にいない母と、荒れ狂って帰ってこない姉。

小学生で家事もご飯の用意もひとりでこなし、相当寂しかったろうと思います。

 

家出を繰り返していたとき、何の気なしに家に帰ると一冊のノートが置いてありました。

見てみると見開きページいっぱいに、「お姉ちゃんに会いたい」と書いてありました。

 

狂気の沙汰かと思うほどびっしり書かれたその言葉は、今でも忘れられません。

 

生きててても、良いことばかりじゃないんですよね。

 

ほんとに神様がいるなら鬼畜もほどほどにしろよって思うことも起こるし、人を傷つけて平気な顔して生きてるクズもたくさんいる。

 

みんなが良い人ではないし、起こることの全てを受け止められるわけじゃない。

 

だからこそ、途中で立ち止まったり、誰かに追い抜かされたり、みんなが先へ行くところを遠回りしてみたり、たまには後ろに戻ってみたり。

 

そうしてほんとに少しずつ、前へ進んで行くんだよ。

 

そのペースもやり方も自分に無理のない範囲でいい。

その自由だけは、唯一無二で絶対だから。

 

あなたの笑顔が好きだと言ってくれる人とだけ付き合って、その人のためだけに生きていればいい。

 

そのうち人として愛してくれる人が何人も集まって、気付けばいつも助けてもらえて、絶対に今日という日を心から楽しめるようになるから。

 

それだけは、私が人生をかけて約束する。

 

始めたときじゃなくて、気づいたときがスタート

 

精神科に行こうとか、誰かに相談しようとか、そんな風に思うのは自分の中の「違和感」に気付いたからですよね。

 

私が荒れ狂っていた頃、祖母はよく「始めたときじゃなくて、気付いたときがスタートなんだよ」と言っていました。

 

あなたはもう一歩踏み出したのだから、よくやったと自分を褒めなさい。

そして次の目標を叶えるために、自分に自信をあげなさい。

 

ほんとにこの人に出会えてよかったと、祖母だけど思いました。

 

人は大した動物じゃないし、ひとりじゃ生きていけない弱い生き物なんですよ。

地球破壊に勤しんでるし、他の動物の住処を奪ってまで数を増やしてるんですからね。

 

そう考えたら偉くもないし、鼻くそレベルの生き物でしかない。

 

(新婚2日目の新妻がこんな言葉使っていいのかって。笑)

 

だから当たり前と思ってることのすべてが、できて当たり前なんかじゃない。

 

挨拶できない奴は腐るほどいるし、ありがとうとごめんなさいすら口に出せない奴もごまんといる。

 

普段の生活の中でしてるすべてのことが、当然じゃないし、当たり前なんかじゃない。

 

でもそれができて当たり前だと自分が無理してまでそうしてることに、違和感を感じた。自分が無理をしていると気付けた。

 

気付いたからこそ、スタートラインに立ってこれから先のことを眺めてる。

 

大切なのはそこだけ。人の本質も、そこにしかない。

常に自分の足元を見ること。

先を見据えることも大切だけど、でも重要なのは今しかない。

 

だからね、足元を見る=下を見ることは良いことなんだよ。

 

ネガティブになるのは、ポジティブよりも向上心があるからこそなの。

 

でも誰かの足元を見ても、それは口に出さないでね。

それを言うと社会では生きていけなくなるから。

人が作った社会なんて、そんな矛盾だらけのトンチキなものなんだよ。

 

だから真面目に取り合うだけ無駄。

 

ほんとの自分は、自分と周りだけの社会に置けばいい。

 

捨戒の便法、めちゃくちゃ面白いから読んでみて。

 

ameblo.jp

 

 

今日も笑って生きましょう( ◠‿◠ )