人生の曲がり角

たまには真面目に、お金についての価値観でも

こんにちは。

 

お気付きでしょうか。今月はすでにブログを「複数回」更新しているのです。

SNSや連絡もマメじゃない私にとって、ブログを1ヶ月で「複数回」更新したのは大きな一歩です。

 

なんて、ブログを始めて1年なので、そろそろ真面目に取り組んでいるところです。

 

さて、お金の話って人とあんまりしないじゃないですか。

年齢を重ねるほどしなくなるし、だいたいの予測で話すことの方が多い。仕事の取引ですら具体的で絶対といえる数字のお金は最後にしか出てこないですよね。

 

フリーランスの中には数字を公表している人もいるし、会社員だってだいたいの金額はネット上の統計で知ることができる。

 

何でもかんでも話せばいいってことじゃないと思いますけど、でもまあ、たまには真面目にお金の話をしましょう。

 

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 私はお金持ちの箱入り娘として育ちました

 

私は元々お金持ちの家の子で、長男長女の長女として生まれました。父の家系はずっと医者続きで、母の家系は司法関係ばかり。

習い事には週7日通い、欲しいものはなんでも手に入り、行きたい場所へ行けて、食べたいものを食べることができました。物質的にも教育的にも、とても満たされていたと思います。

 

ただ、父が23歳のときに私が生まれていて、その頃はアップルのマッキントッシュが出たような時代でした。

システムエンジニアとして働いていた父は、若くして持ちすぎるほどのお金を持っていました。

 

戸建てを買い、外車に乗り、数ヶ月に1度だけ日本に帰国して、数週間もするとまたアメリカへ行く。

24歳の母と私を残して、そんな生活を送っていました。

 

それは妹が生まれてからも変わらず、裕福であることも変わりませんでした。

 

ですが、今では当たり前じゃない?と思えますが、父と母は離婚します。

 

お金にモノ言わせて遊んでいた父を、母は見逃すことができませんでした。そして、母は父の女遊びを理由に離婚し、実家を頼ることだけはしないと決めました。

その結果、今まで6LDKに暮らしていた私は、木造の2DKのアパートへ引っ越すことになったのです。

 

習い事は全て辞め、送り迎えもなくなりました。

歩いて40分かけて学校へ通い、キャンプもハワイも全てなし。その生活に慣れることに必死で、でも、ぐちゃぐちゃになった自分の家族を見て、これから幸せになるんだと確信しました。

 

多分10歳の頃、お金で幸せは買えないと知ったのです。

 

お金はあったけど生まれて10年、笑うことはほとんどなかった

 

父と母はいつも喧嘩していました。

朝起きてリビングへ行くと、半分に折れた携帯とコードのちぎれた家の電話がありました。

母の額は若干青くなっており、ヘラヘラ笑う顔の奥に恐怖を感じました。

 

24歳で戸建てを買って、女と子どもを養って、外車に乗れて、海外を飛び回る仕事をしてる。

バブルかって感じですけど、どんなに家の中に愛がなくてもお金はあったんですよね。

 

でも、誰も幸せじゃなかった。

 

夜中に聞こえてくる父と母の怒鳴り声も、母の叫び声も、それを聞いて泣き出す妹の声も、一生忘れられません。泣かず、言わず、思わず、感じず、そんな10年間が、私のお金持ちだった頃の記憶です。

 

なので、離婚して気が狂う母を見てもどこかで安心していました。心の何処かで「これ以上悪くなることはないよ」と確信していたのです。

 

そして今度は、自らど貧乏になるように人生を仕向けていきました。

とりあえず1回会社員も経験して「普通の人生」も体験してみましたが、やっぱりど貧乏を知りたい。

 

そのために仕事を手放して、家を手放して、バックパッカーとも言えないホームレスをやってみました。

 

結果、幸せだった。あの経験がなかったら、今頃殺されるくらい人を舐めてただろうなって。傷つけられるより傷つく方がいい、まさにこの通りの経験でした。

 

 お金がない方が幸せで、あるものは分け合う方がもっと幸せ

 

食べるものはなかったことの方が多いです。屋根がある場所で寝れたのは数回でした、ホームレスだった間3000円以上を持ったことはありませんでした。

 

でも、毎日笑ってた記憶しかないんですよ。

その笑いが自分がバカすぎて笑うこともあるし、誰かに笑わせてもらうこともあるし、お金がなくても毎日笑ってた。それが何より幸せで、毎日熟睡できていたことも覚えています。

 

そしてまたお金を持つようになり、現在、私は幸せでしょうか。

 

ずっとずっと小さい頃、占い好きの母に連れられてグアムで占いしてもらったことがあります。

父が通訳してくれ、占い師の方に「地震や事故、仕方のないことでたくさんの人が亡くなるとき、そこでたまたま生き残ってしまう子ね」と言われました。

 

最近それをすごく感じるんですよ。

生きなくちゃいけない状況にされるというか、勝手に応えようとしているだけかもしれないですけど、それに応えなきゃ人として終わりじゃないかと思ってしまう。

そうなるとどんなに嫌なことがあっても、とりあえず死ぬのは明日でもできるからいいやってなってしまう。

 

その繰り返しでとりあえずここまで来て、今までもそうして得たお金は全て人にあげてきました。

ここまで1円も誰にも渡さずにきたら、数千万にはなっていました。でも今は…。笑

 

だけど、私は幸せになりたいし、幸せでいたいし、そのためには周りの人にも幸せでいてもらわないと、私が困る。そうして得たお金なのだから、幸せでいるために周りの人に使いたいんですよ。

世界とか貧困とかそんな大それたことは今はまだ出来ないから、まずは身内からってね。

 

お金持ちは寂しい人、これはあながち間違ってないと思うよ

 

でも、なかなか理解はしてもらえません。

そう思いながら具現化してきたけどまだまだなこともたくさんあって、やっぱりその途中は苦しいことの方が多かったです。愚痴も漏らしたくなるし、誤解されることもある。それでもお金で幸せは買えないと確信してるんですよね。

 

私って多分社会不適合者なんですよ。

普通の人と同じように暮らすことができないし、普通のことを普通にできない。変わってると幼い頃から言われていた意味が、ようやく分かってきました。

 

だけど、それでも社会という場所で生きていかないといけないじゃないですか。

どんな変態もどんなバカもどんな天才も、社会というひとつの場所で他人と生きていかなきゃいけない。それは自分の人生とはまた別のものだから、誰にでもふたつの顔があっていいと思うんですよ。

 

その「社会での顔」を成り立たせるためにお金が必要なんであって、そのために仕事をする。

だからこそ楽しめる仕事を人は求めて、社会での時間も自分の時間も両方楽しいと思える場所を目指してるんじゃないですかね。

 

だけど人はそんなに賢くないから、時々自分の人生の楽しさをお金で解決しようとする。

それがカラオケだのキャンプだのセックスなら、お金でなんでも揃うでしょうね。でも手に入らないことの方が多いんですよ。

 

本当に欲しいと思うものは、絶対にお金じゃ手に入らない。

 

そんな弱い人間にできるのは、稼いで困ってる人を助けることだけ

 

今、お金を持って幸せかと聞かれて、私はノーと答えます。

 

欲しいものはどこにもないもので、お金では買えないものだから。その穴埋めのためにお金が必要なくらい、自分が弱い人間だと知ったから。ってね、お金を稼ぐ人間って寂しい人間なんだと思います。

 

 

そんな寂しい人間にできることは、お金を稼いで困っている人を助けることだけ。満たされることも満たすこともできないなら、手を差し伸べるくらいしかできない。嫌なことだけど、適材適所ってこういうことだね。