人生の曲がり角

ライターになって、だから何がしたいのか

おはようございます。

 

今、話題の立川からお送りしてるわけですが、これまた一歩も立川をぶらりしていません。引きこもり癖は悪化する一方です。

 

さて、最近念願の新聞で記事を書きました。正直継続は見込めないと思っていて、最初で最後なら完璧に書いてやろうと意気込んだらまさかの継続依頼を頂けました。

 

晴れて’’新聞記者’’という肩書きを使えるようになったわけですが、ふと思ったんです。

 

「ライターになって、だから何がしたいのかな」と。

 

フリーランスになることやライターになることって、あくまでも通過点じゃないですか。その先の目標はお金かもしれないし自由かもしれないし、人それぞれ。

 

それで、私は何がしたいのかって話です。

 

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WEBライターとして、生きていく

 

紙媒体って読みたいと思って読む人が相手ですけど、WEBって「ふらっと」感覚で読む人も相手に含まれるじゃないですか。

 

閲覧数を上げる場合、WEBでは「ふらっと感覚で読む人」を読者に変えられる技術力も求められますよね。

 

ふらっと感覚で読む人も、読みたくて読む人も、そのどちらにも「ありがとう」と言われるライターでありたいんですよ。

 

紙のライターを目指している方より、欲張りなのかもしれません。

 

広くたくさんの人に「ありがとう」と言われたいのだから、欲張りというかもうちょっと成長してから言えよって感じですよね。笑

 

私WEBの世界がたまらなく好きなんですよ。いい意味でも悪い意味でも素直でいられる場所、私を救ってくれた場所。

 

そこに恩返しがしたいというか、あのとき助けてもらえたときのことを同じように私がしたい。それが「ライターになって、だから何がしたいのか」の答えなんですよね。

 

何もないから、ライターになったんだと思う

 

何もないんですよ、私にはほんとに何もない。

 

立派な学歴もないし、勉強ができるわけでも運動神経がいいわけでもない。社会的信用のある職歴もなければ、貧しい国の子どもを助けられるほどのお金があるわけでもない。

 

平凡な家庭に生まれて、特に何かを身に付けるわけでもなく、でもただ書くことが好きで、言霊を信じていて、ただそれだけでライターという仕事に就いた。

 

「仕事なにしてるの?」「ライターだよ」「あぁ、大学生とかやってるよね!」

 

って会話が昔ありました。

 

悪い意味でも嫌味でもなく、学生のアルバイトくらいに思って読んでる人もいるってことです。何もないからライターになったのなら、ライターとして困ってる人を救えるくらいにはならないといけない。そんな決まりはないかもしれないけど、私はアルバイトでも学生でもなくライターで食べてる社会人なのだから。

 

この仕事を理解してもらうのは、ほんとに難しいなって感じます。紙みたいに手に取って読めるわけではないWEBのライターは、物的証拠が乏しいですからね。

 

「なんで自宅で仕事できるのに、わざわざカフェに行くの?」

 

その苦労はやらなきゃ分からないんすよ…。涙

 

何もないって、めちゃくちゃ恵まれてると思います。何もないなら、どんなに全力疾走したって失うものもない。学歴にも職歴にもプライドはないし、こだわりもない。自分が言える立場じゃないことの全てがどうでもいいんだから、そう考えたら無双状態!笑

 

母の「好きなことでは食べていけない」という言葉を覆したい

 

生まれて初めて就きたいと思った仕事は、画家でした。絵を描いてご飯を食べていきたかったのですが、祖母に「食べれないからやめなさい」と言われ一旦諦めました。

 

それでも、どうしても画家になりたくて、高校生の頃、母にそう言うと「好きなことで食べていける人は一握りだけで、あなたは違うのよ」と言われました。

 

うーん???

 

納得いかない!!!

 

反骨心は母から社会へ向き、人へ向き、自分へ向いて、フリーランスになりました。

 

若いうちってそんなに考えないですけど、仕事って人生のほとんどの時間をかけるじゃないですか。ワークライフバランスって人生のことだから、働き方について多くの人が考えるようになったのはすごくいいと思うんですよ。

 

だから母の言った「好きなことでは食べていけない」という言葉の時代は、そろそろ終わる。

 

確かにライターとして食べていくのは楽ではないし、フリーランスもいいことばかりじゃない。(ライター2年目、フリーランスになって初めて家を借りようとしてるんですけど、クソ面倒臭いです。)

 

でも、それでもやりたい!というこだわりが、少しずつでも人生を作っていくんじゃないですかね。

 

好きなことじゃないと生きていけない、という病気と思えばいい

 

好きなことで生きていくって、一見楽しくて幸せそうじゃないですか。

 

でもそうじゃないことの方が多くて、あんなに腹決めて選んだ道なのに、好きなことも嫌いになりそうなときがあるんですよ。

 

じゃあ手放しちゃえ!って思うんだけど、数日パソコンを触らないとワタワタしてくる。だったら「もうライターじゃないと生きていけない病気なんだ」と思えば、上手に付き合おうと努力するじゃないですか。

 

そんな風にして自分の好きなことを「〇〇じゃないといけない」と思い込むようにする。

 

そうすると人間不思議なもので、そのための苦労も「致しかたない」と良い意味で諦めがつくようになるんですよね。

 

人は案外死なないもので、生きるしかないならやるっきゃないんですよ。そのためには自分をいつも「〇〇じゃなきゃいけない状況」に追い込んでいくことが重要なんですよね。

 

好きなことを嫌いになっても、ストレスになってはいけない

 

これ結構大切なことなんですけど、嫌なことをするのとストレスを感じるのって別じゃないですか。

 

好きなことをしていてもストレスを感じるときはあるし、嫌なこと=ストレスになるわけでもない。普段のすごく小さなことから、大きなことまでストレスは付きまとってきますよね。

 

で、好きなことをしていると絶対にいつか嫌いになる日がきます。投げやりになる日もあるだろうし、「なんでこんなことしてるんだろう」って疑問に思う日もある。

 

そんなとき、嫌いになるのは仕方ないことだなと思います。好きなことが良いことばかりとは限らないからね。だけど、それがストレスになるなら思い切って手放すことをオススメします。

 

好きなことを続けることがストレスになるなら、それはもう好きなことではないんですよ。ほんとに好きなことなら嫌になってもストレスにはならないし、嫌なことすらも好きなことになります。ストレスを感じてまで続ける価値があることは、実際そんなに多くないから。いつもいつも天秤にかけて、それでも好きだと胸を張って言えるなら価値があることなんじゃないですかね。

 

私はライターになって、だから人助けがしたい

 

ライターになってから気軽にラインができなくなりました。

 

相手の問題もあるんでしょうけど、受け取り手のことを考えると気軽に言葉選びができなくなってしまったんですよね。

 

どんな言葉を選べばそのままの意味で伝わるのか…一生の課題だろうなと思います。

 

人を助けられるほどの知識もないし、余裕もない。自分の生活だけで精一杯で、人様に偉そうに語れるほどの経験もない。

 

だから一生懸命書くだけで、今日も元気に働くだけで、その積み重ねでいつか誰かが「ありがとう、助かった」と言ってくれたら、そのとき初めて私のしてきたことに意味ができるのかなと思います。

 

とりあえずやり続けるしかないんすよー。また月末が来てゲロ吐きそうです。涙