人生の曲がり角

【なぜ】結婚、離婚、再婚の理由と、経緯

こんにちは。

 

このブログを始めた当初「なぜ」を問い掛ける記事を、いくつか書きました。

 

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ですが、いくつか触れていないことがあります。その中でも「結婚、離婚、再婚」について触れることは、ほとんどありませんでした。

 

私の恋愛遍歴はカオスそのもので、それらを話すことにより私の人間性が問われるのではないかと…まあいいでしょう。

 

だめな女のどうしようもない恋愛話に、お付き合い頂けると幸いです。

 

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最初の結婚は、離婚するのは分かっていたようなものだった

 

皆さんそうだと思うんですけど、離婚するつもりで結婚する人はいないじゃないですか。誰しも結婚するときは、その人と生涯添い遂げるつもりで籍を入れますよね。

 

でも私の場合、最初の結婚は離婚するのが目に見えていました。それでも入籍したのは、若気の至りとでも言っておきましょうか。

 

前の旦那さんとは学生の頃からの知り合いで、お友達としてお付き合いがありました。その間にお互い彼氏や彼女がいたこともあるのですが、セフレとしてなんだかんだズルズルと付き合っていたんですね。

 

そして数年会わない時間があり、再会したのをきっかけにあっという間に燃え上がり、入籍しました。

 

後も先も考えてはいませんでしたし、好きな人の奧さんになれるというだけで入籍したので、結婚の意味についても一切考えていませんでした。親にすら相談することなく結婚したので、私の家族は私のFacebookの名字が変わっているのを見て、入籍を知ったのです。

 

まあそんな結婚なので、上手くいかなくて当然ですよね。再会後3ヶ月で入籍し、入籍後7ヶ月で離婚しました。

 

私から離婚を切り出し、離婚届にサインをもらえるまでは一切口を利きませんでした。なにを聞かれても、なにをされても、ただ黙って離婚届を突き付けるだけ。前の旦那さんにとっては、地獄のような時間だったと思います。

 

でも、結婚したことも離婚したことも後悔はしていません。熟考しましょうという反省はしましたが、前の旦那さんに対して恨んだり悔やんだりすることはないんですよね。

 

結婚したかったからして、離婚したかったからしただけ。

 

それ以上でもそれ以下でもない初めての結婚は、私にとって恋愛を見直す機会を与えてくれる良い思い出になりました。

 

離婚後の5年間で、自分の恋愛を見直すことができた

 

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離婚後は独身を謳歌する予定だったので、ホームレスになったのもこの頃でした。体ひとつであちこちに行き、たくさんの人と話す機会を作りました。とにかく人と話したくてしょうがなかったのです。

 

そうして様々な考え方や価値観に触れるうち、結婚には何の意味もないのではと感じるようになりました。

 

戸籍上の問題であって、事実婚となにが違うのか。子どもを望まないのであれば、同棲と結婚生活に何の違いがあるのか。

 

そう思うようになってからは、彼氏ではなくパートナーを作ることにしました。結婚することもないし、彼の子どもを産むこともない。ただ愛してるから一緒にいるだけで、それ以上にもそれ以下にもならない。

 

自分自身の仕事やプライベートの予定を確実にこなしつつ、良き相談相手がいつもそばにいてくれる。

 

そんな時間を過ごすうちに、私の人生に結婚や出産は似合わないものだと感じるようになりました。そして同時期に、沖縄へ移住しフリーランスになったのです。

 

女ひとりで生きていくためには、雇われていたら限界があると感じたからです。

 

今月で27歳になりますが、私が70歳になる頃には確実に年金はもらえなくなっているでしょう。国の保証もあてにならないのであれば、自分で何とかするしかないのです。

 

そうして真剣に自分の老後を考えるようになった頃、ちょうど祖母が亡くなりました。これはなにかを始める良い機会だと思い、違和感のあった沖縄を離れることにしたのです。

 

人生で初めて、この人の子どもが欲しいと思った出会いがあった

 

東京に帰ってきてからも、私の考え方が変わることはありませんでした。友達は欲しくても特定の人を作る気はなく、仕事優先で過ごす日々が続きました。

 

でもきっと私は、だめな男の子を引き寄せる力を持っているんでしょうね。5年ぶりに出会っただめな男の子は、私の人生で初めての感覚を味あわせてくれました。

 

初めて彼に出会ったとき、言葉にするのは難しいのですが、この人の子どもを産みたいと感じたのです。理由や意味はなくて、直感でした。

 

それから彼を知りたいと思うまで時間は必要なくて、あれだけ毛嫌いしていた結婚も彼となら考えられると思うようになったのです。

 

シングルマザーで育った私にとって、子どもを産み育てることはとても難しいことのように感じていました。特に結婚生活や夫婦、家族という概念に対して、他の人よりも恐怖心を抱いています。

 

「こんな私が、そんな幸せを感じることはできるのだろうか。」

 

その恐怖心から遠ざけていた結婚や出産について、彼が「くだらない」の一言で片付けてくれたんですよね。過去のことなんてどうでもいいからと、そんな風に言ってくれた人は初めてでした。

 

この人となら、やっていけるんじゃないか。

この人となら、子どもを産み育てることも楽しめるんじゃないか。

 

そんな風に感じれば感じるほど、彼との子どもが欲しくてしょうがなくなりました。そうして、彼との再婚を決めたのです。

 

 結婚も子どもも、誰でもいいわけじゃないことに気付いて

 

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私にとって婚活は、上辺だけの愛のない物語りを紡ぎだそうとしているようにしか見えないのですが、多くの人に、この事実に、早急に、気付いてほしいのです。誰でもいいから結婚したいとか、誰でもいいから子どもが欲しいなんて、寂しすぎると思うんですよ。

 

「そんなのお前は、26歳で2回も結婚してるから言えるんだろう!」

 

確かに、そうかもしれません。男の子に困ったことは一度もありません。ですが、2回も結婚してるからこそ、相手に対する気持ちがどれほど大事かも分かるのです。

 

私の祖父はぼんぼん育ちで、死ぬまで働いたことがありませんでした。そんな祖父を祖母は養い続け、3人の子どもを育て、家を買い、60歳までハーレーを乗り回していました。

 

そして祖母は死ぬ前に「もしまた生きられるなら、私はおじいちゃんと結婚したい。」と言いました。

 

仕事もしない、家にも帰ってこない、子育てもろくに手伝わず、家すらも女房に買わせるような男です。そんな男にも祖母を愛する気持ちはあって、祖母はそんな祖父から世界で一番の愛情を感じていたのです。

 

スペックばかり見て、人の中身を知ろうとしない。そんなことを目当てにして幸せになれると思うのは、頭がおかしいのではないかと思います。

 

愛情表現は人それぞれですし、幸せを感じるポイントもまた、人それぞれです。

 

だからこそ「夫婦喧嘩は犬も食わず」なわけですが、夫婦だけが理解し合っていればそれだけで充分なこともたくさんあります。

 

 「この人だから」「この人となら」という気持ちは、未来永劫続きます。生涯忘れられない人や恋があるのは、その人とでなければ意味がないと分かっているからではないでしょうか。

 

幸せにしてもらうために結婚するなら、それは間違っている

 

プロポーズで「あなたを一生幸せにします」ってセリフをよく聞きますが、無責任なことをよく言えるなと思ってしまいます。

 

幸せにしてもらいたいから、その人と結婚するわけではありません。現時点で彼といることが幸せだから、結婚するわけですよね。なにを他人に求めちゃってんの?って話しなんですよ。

 

幸せかどうかは、自分が決めることです。幸せになるための努力も自分にしかできないことで、相手を幸せにすることもまた、自分にしかできないことなのです。

 

そうしてお互いの思いやりが、相手にとっての「この人が私を幸せにしてくれる」という感情になるわけであって、幸せにしてよ!というのは御門違いではないでしょうか。

 

私は誰にも期待していませんし、誰も助けてくれると思っていません。それは夫婦になっても変わらず、きっと母になっても変わらないと思います。幸か不幸かを決めるのは常に自分だけで、相手ありきの問題ではないのです。

 

誰かのせいで不幸になっていると思うのであれば、その場を離れないあなたに責任があるんですよ。それをさも旦那が悪いと嘆いている妻を見ると、くだらない人間だなと感じます。

 

結婚は、一度はしたらいい

 

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これだけ結婚だの何だのしていると、相談を受けることが多々あります。でも、一度はしてみたらいいんじゃないでしょうか。

 

結婚には夢はありませんし、キラキラとした毎日とも程遠いのが現実です。綺麗事では済まない話しも出てきますし、大好きだったはずの人が大嫌いになることもあります。

 

それでも、大切な人と言い切れるかどうか。

 

それだけです。