人生の曲がり角

キャバクラで働いていたことは、デメリットになるのか

こんにちは。

 

久しぶりに風邪を引いて病院に行ったら、まさかの風邪ではなく喘息でした。

 

「この時期に風邪でもインフルエンザでもないって、面白いね」と医者は言っていましたが、全く面白くないのでさっさと治してほしいものです。

 

さて、ライターになりたての頃、キャバクラで働いていたことを公言するつもりはありませんでした。働いていた本人としては隠すようなことでもなく、多くのことを学べた分、キャバクラという仕事に感謝している気持ちもあります。

 

ですが、社会的評価は違います。

 

偏見の塊のような仕事を堂々と公言することによって、デメリットはあるのか。

 

そんな話です。

 

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世間から「どう見られるか」という自覚が必要

 

これを分かっていないキャバクラ嬢は、はっきり言ってただの痛い子です。

 

どの仕事にも「レッテル」があり、実際の業務内容や社会的貢献度、その人の人間性に関わらず、レッテルによって評価される部分が大きいのが現実です。

 

キャバクラを含む水商売、風俗といった仕事は、偏見を持たれる仕事の中でもトップクラスのレッテルを貼られています。残念ではありますが、社会的評価はとても低い仕事です。

 

昔、新宿のゴールデン街に入り浸っていたことがあるのですが、そこでお姉さんに、

 

「バカな女は体を使って稼ぎ、賢い女は頭を使って稼ぐのよ。あなたはどちらになりたいの?」

 

と聞かれたことがあります。

 

当時の私はキャバクラに勤めていたのですが、決してバカにできる仕事ではないと思いました。ですが、それが世間の一般的な評価なんですよね。

 

そんな社会的評価に対して、歯向かう必要はありません。

 

わざわざ同じ土俵に立つよりも、私は私で、精一杯頑張ればいいだけなのです。

 

そこを履き違えてしまうと、ただの痛い水商売女になってしまいます。

 

社会的評価は理解しつつも、自分にできることを誇りを持って精一杯やる。その結果が、ナンバーワンではないでしょうか。

 

自分をブランディングするにあたって、全てさらけ出すと決めた

 

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ライターになったばかりの頃、私は自分をまっとうな社会の中で生きてきたと語っていました。キャバクラで働いていたことは公言しませんでしたし、フリースクールやホームレスについても黙っていました。

 

社会的評価を気にするあまりそういった選択をしたのですが、ライターとして半年が経った頃、そんな自分に限界を感じたんですよね。

 

私にしか書けないこと、紡ぎ出せない言葉、語れない経験があるのに、人の目を気にしてもったいないことをしているのではないか。

 

そんな思いに駆られるようになりました。

 

そして「ブランディング」という言葉を知り、思い切って公言することにしたのです。

 

もちろん仕事を失う覚悟でしたし、誰かに嫌われても構わないという思いでした。

 

そんなことよりも、自分のしてきたことに少しでも後ろめたい気持ちを持ったまま、ライターという仕事をしている方が嫌だったのです。

 

誰がどう思うかは、充分に理解している。

 

だからこそ、私は私の生きてきた道で、正々堂々勝負しようと決めたのです。

 

自分のしてきたことに誇りがあるから、願い下げができる

 

キャバクラで働いていたからといって、仕事を断られたことはありません。

 

逆にキャバクラで働いていたからと、仕事をいただけることはありました。フリースクールやホームレスについても、同様の反応をいただけたのです。

 

公言しようと決めたとき、文句があるならかかってこいよ、そんな気持ちでいました。

 

私は私の選んだ仕事に誇りを持ち、精一杯努力してきた自信があります。それはキャバクラだけではなく、今までの仕事もこれからの仕事も同様です。

 

確かに社会的評価は大事ですし、それらを含めて仕事を選んでいる方も多いかと思います。多くの人が、アルバイトではなく正社員に執着するのはそのためですよね。

 

でも大切なのは、社会的評価だけではないのではないでしょうか。

 

私の妹は大学を出て就職し、2年間で2度転職しました。

 

入社早々ゴールデンウィークにはうつ病を発症し、どちらも1年ほどで退職。

 

何もすることがないという妹にアルバイトをしたらどうかと話したら、

 

「せっかく大学を出たのに、誰にでもできることをしたくない。」と言っていました。

 

彼女は社会的評価を気にして、大学進学を決めました。

 

社会的評価を気にして正社員に執着し、社会的評価を気にして、大学を出なければできない仕事にこだわっているのです。

 

ですが、その結果がうつ病の無職では、元も子もないと思うんですよね。

 

誰にでもできることすらできていないのに、どの口が言ってるんだと。

 

人様にどう思われるかを気にするのは、とても大事だと思います。社会の中で生きている以上、自分の評価だけではないこともたくさんあるからです。

 

ですが、根本的な部分は、

 

自分だけが、

 

親しい人だけが、

 

分かってほしい人だけが、

 

理解してくれていれば、それでいいのではないでしょうか。

 

私は、過去も含めて私です。

 

してきたことを否定して暮らすよりも、そんな自分に胸を張って生きる方が、別の意味で、社会的評価は上がると思うのです。

 

キャバクラ嬢こそ、謙虚で、エレガンスであれ

 

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偏見の多い仕事こそ、謙虚であるべきだと個人的に思います。

 

キャバクラ嬢は確かにIQの低い子が多いですし、この子大丈夫かな?と心配になるような子もたくさんいました。学力は低く、使う言葉も決してきれいとは言えません。

 

だからこそ、謙虚であるべきなのです。

 

わざわざ噛み付かず、わざわざ同じ土俵に立たない。

 

それがエレガンスさにつながり、人としての魅力を増し、別のアプローチで社会的評価を上げることができるのです。

 

私はキャバクラ嬢時代も、キャバクラ嬢に見えないことを心掛けてきました。

 

ミニスカートに安っぽいアウターを着ている子が多い中、バーバリーのコートにダイアナのハイヒールを履いて出勤しました。同伴だからと下品な格好はせず、ビジネスマンと会うときのように、誰が連れて歩いても恥ずかしくない格好を心掛けました。

 

定番のピンクやレース、フリフリは絶対に買わず、シンプルで清潔感があり、女の子ではなく女性らしい格好をしていました。

 

偏見がある仕事なのです。偏見を持たれる格好をすれば、その評価はより色濃くなります。

 

人は見た目ではありませんが、多くの場合は見た目で判断されます。

 

容姿の良し悪しではなく、格好はとても重要です。ファーストインプレッションを間違えれば、その後の評価にも影響してくるのです。

 

上品なエロスと下品なエロスは、全くの別物です。

 

きれいな言葉を使い、謙虚で、上品で、エレガンスな魅力がある。でも内側には、自分のしていることに確固たる自信を持っている。

 

そんな人間がいたら、キャバクラというレッテルを剥がしてみたくなりませんか?

 

自分が相手の土俵に立つのではなく、相手を自分の土俵に立たせるのです。

 

賢い人は負ける戦をしません。確実に勝てる戦をこちらから準備し、相手を引き寄せるのです。

 

誰かや何かのせいにして、わざわざ自分の首を絞める必要はない

 

社会的評価を気にして自分の首を絞めている私の妹は、いつも誰かや何かのせいにしています。そんな妹を見ていると、とても生きづらそうに感じるんですよね。

 

「この子は大学を出たのに、なんでアルバイトをしているのか。」

 

そんな風に人から思われるのが嫌で、今日も家に引きこもって死にたいと言っているわけです。

 

ですが、誰がそんなことを気にしますか?

 

キャバクラで働いていたから、なんなんでしょうか?

 

逆に、大学を出たからなんなんですか?

 

好き勝手言ってもらって構いませんが、私はキャバクラ嬢であったことを恥ずかしいとも思わなければ、後悔もしていません。

 

大学を出たから偉いとも思いませんし、バイトだろうが正社員だろうが、好きなことをしたらいいんじゃないでしょうか。

 

むしろ人の過去に指差して笑うその人の方が、人として魅力のない貧しい人間に見えるのです。

 

頭ばかり肥やしても心が肥えてなければ、教え育むはずの「教育」の意味はないと思うんですよね。きっとキャバクラも同じで、財布ばかり肥えても心が肥えなければ、その経験は悲しいですが、無駄になってしまうでしょうね。

 

誇りと責任を持ち、胸を張り、自分として生きること

 

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日本テレビのアナウンサーが、大学時代に銀座でバイトしていたことを理由に、採用が取り消されたことがありましたよね。彼女は異議を申し立て入社したわけですが、自分のしてきたことに誇りがあり、自信があったからこそ意義を申し立てることができたのです。

 

ですが、彼女も、社会的評価を理解していないわけではないと思います。

 

その上で、自分のしてきたことに恥じらう必要を感じなかった。だからこそ結果に納得がいかず、意義を申し立てたのだと思います。

 

私も自分のしてきたこと、キャバクラを含め、誇りと自信があります。人より遠回りしながらでも、お天道様に堂々と顔向けして生きてきたのです。

 

私の妹も、現在キャバクラで働く子も、風俗嬢も、どんな人だって、それでいいんだと思います。

 

人からどう思われるかは分かった上で、自分のしたことにも、これからすることにも胸を張って生きる。

 

これが社会的評価というレッテルを剥がし、私という人間に新しいレッテルを貼ることにつながるのだと思います。