人生の曲がり角

沖縄の米軍基地について、少々お話しが

こんにちは。

 

昨年の冬は沖縄で過ごしたからでしょうか、今年の冬は異様に寒い気がします。

 

さて、先日書いたブログが思わぬ反響を頂いていました。正直、米軍基地の話しは面倒臭いことに首を突っ込んでいくようなものです。

 

何年も感じていたことはありましたが、書くことには戸惑いがありました。

 

でもメディアという媒体で仕事をしているものとして、実際に普天間で暮らしたものとして、本当は違うこともあると一個人として言っておきたかったのです。

 

あくまでも、一個人の意見でしかないです。

 

決してどちらかに寄るつもりはありませんし、今現在起こっていることや過去のことを否定するつもりもありません。ただ多くの人が考えるきっかけになれば、お互いによりよくなれると思うんですよね。

 

平和って幸せじゃないですか。私は安定が幸せとは思わないけど、不安定の中にも平和はありますからね。

 

ってことで、少々細かい話しをしようかと思います。

 

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普天間基地建設の経緯には、諸説あるのです

 

私のブログに、こんなコメントが届きました。

 

普天間基地は元々人が住んでいたところを、戦争で家を焼かれ逃げた住人が収容されている間に勝手に作られたものですよ。ライターなら調べてから書いてくださいね。宜野湾市役所のホームページから確認できます。
 
 
とても穏やかでありながら的確な文章に、まずライターとして素敵だなと感じました。
 
で、です。調べてみました。
 
とりあえずのWikipediaには、こう書いてありました。
 
 
普天間基地の周辺は沖縄戦での激戦地区で、戦後は、日米両軍の不発弾の埋もれた危険地域であり、米軍により不発弾処理がなされたあと、民間人の収容所として確保された点(もともとの住民が戻ってきただけという話もある[5]普天間飛行場 - Wikipedia

 

この時点で、二つの説が記載されています。

 

この「もともとの住民が戻ってきただけという話もある」という本のタイトルは、

 

沖縄メディアが報じない不都合な真実を知れ! - ロバート・D・エルドリッヂ☓佐藤守対談

 

です。

 

この本が絶対に正しいとも思いませんし、宜野湾市役所に書いてあることが絶対に正しいとも思いません。どちらにせよ諸説ある時点で、人は見たいものを見ているということです。

 

普天間で生まれ育ったおばあは、好きな場所だからここにいたいのよと言った

 

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私が普天間に住んでいた頃、隣には老夫婦が住んでいました。おじいは読谷で生まれ育ち、おばあは普天間で生まれ育った生粋のうちなんちゅです。初めましての挨拶の日から毎日様子を見にきてくれて、遠くから来た私を孫のように可愛がってくれました。沖縄の人の温かさを、ぎゅっと詰め込んだような二人でした。

 

おばあは普天間で生まれ育ち、戦争を経験しています。それまで聞くのをためらっていたのですが、ある日ふと聞いてみたんです。

 

「おばあは、普天間が好き?米軍をどう思うの?」

 

パパイヤチャンプルーを作ってるときだったかな、一緒にキッチンに立ってそんな風に聞いてみました。

 

おばあはちょっとだけ笑いながら、こう答えてくれました。

 

「私は普天間が好きで、ここにいたいからここにいるのよ。私も嫌なことがあるけど、きっと彼らにも嫌なことがあるの。でもそれ以上に、もう戦争をしたくないのは同じじゃない?」

 

実際は方言まみれだったのですが、うーん。

 

諸説あるということは、多くの人は事実ではなく、見たいものを見ているわけじゃないですか。正解不正解というのは時に事実と異なることがあって、その中には感情という色眼鏡を通している場合も多いんです。

 

おばあと同じ世代の方に「東京の奴は嫌いなんだよ」と言われ、以後、同じ町内で無視されるようなこともありました。それがその人の見たい「東京の人」であり、その人の信じたい「東京の、諸説のうちのひとつ」なんですよね。

 

それに対して「お前は間違ってる」とか「私が絶対に正しい」と、言い争う意味はありますか?

 

ライターとしてではなく、一個人として多くのメディアを信じていない

 

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もうこれで仕事がなくなっても構いません。

 

ライターは記事作成にあたり公的機関のサイトを参照とすることが多く、信用度はどのメディアよりも高いとされています。

 

でもそれらの情報が「絶対に正しい」と、私は思いません。

 

だから正直、辺野古で講義を行う人が沖縄県民ではないという話しを聞いたとき、しっくりきました。実際に普天間に住んでいて、あれをする人が本当にここにいるのかと疑問を感じていたからです。

 

私の住んでいた家の大家さんは、辺野古建設に関わる建設業をなさっている方でした。生まれも育ちも普天間の隣、喜友名地区です。彼は「辺野古に移設したら普天間が返ってくるんだよ、ありがたいよ」と言っていました。

 

米軍基地周辺には、お店がたくさんあります。飲食店にアパレル、クラブ、多くはアメリカンカルチャーをヒントにしていて、狙っている客層が米兵さんであることも少なくありません。

 

また米兵さんは基地内だけではなく、基地周辺に賃貸物件を借りて暮らすこともあります。彼らは日本人よりも高収入であり安定しているため、普天間で月20万円のマンションも満室になるのです。

 

米軍基地が周辺にもたらすものは、騒音だけではありません。彼らは基地周辺にお金を落とし、それで潤う人間がいるのです。叩いてばかりですが、実際その辺を話さないのはなぜでしょうか?

 

主張するべき場所が間違っているし、もっとできることがあるはず

 

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沖縄の人はよく働いていると思います。労働時間は長いし、掛け持ちも多くの人がしています。そうしなければ生活できないほど最低賃金は安く、そのくせに物価は高いんだから話になりません。

 

ですが、それと同じだけ働かない人も多いのです。東京とは違い、実家で何世代もの人が暮らしている家庭も多いので、若い子でもがむしゃらに働く子と親のすねかじりには、大きな差があるように感じました。

 

琉球大学を卒業して公務員になり、新宿のハローワークで働いている子がいます。彼の言っていた言葉が、すごく印象的でした。

 

沖縄県民には、二通りしかいない。大学を出てまっとうな会社に勤めて、人並みの暮らしができる人。もしくは中卒で結婚して遊んで…分かるでしょ。どっちかしかないから、俺は必死に勉強したよ。母ちゃんひとりだしな。」

 

彼の言ってることが正しいとは思いませんし、仮に二通りでもどちらが幸せかはその人が決めることです。でも、ここをもっと訴えた方がいいと思うんですよ。

 

正直、基地問題よりもやることありますよね?

 

まず夜の20時過ぎに子どもだけで、スーパーやコンビニをうろついているのはおかしいと思いませんか?どうして深夜日付が変わっているのに、親が子どもを連れてマンガ倉庫にいるんでしょうか?平日ですよ?次の日学校は?

 

沖縄の男性は全国平均の中でも、背が低いことをご存知でしょうか?それと子どもの夜更かしが関係していることくらいは、分かりますよね?学力が低いのもなんでだか、ここまで考えれば分かるじゃないですか。

 

この時代に子だくさんで、たくさんの子どもをご近所同士で育てているのはすごいと思います。東京は人混みに子どもがいると嫌悪感丸出しなので、その辺は沖縄の人を見習ったらいいんじゃないかと思う部分もあるのです。

 

だから米軍基地だのなんだのと、実際、住んでいてもほとんど関係ないことに労力を使うよりも、国に訴えるべきことは他にあるじゃないですか。

 

沖縄では最低時給じゃ絶対に暮らしていけないし、暮らせたとしても一人暮らしで車を持つことは不可能といってもいいと思いますよ。そのくらい貧困の家庭がたくさんあって、たった時給700円ぽっちでは、いくら働いたって追いつかなくて当たり前です。

 

龍の銅像だか置物だか知らないけど、そんなものを作ってるお金があるなら、もっともっと子どもたちのために使うべきなんですよ。

 

私の友達は伊良部島出身で、彼は「沖縄は視野の狭い人が多くて疲れるから、死ぬまで帰ることないね」と言っていました。

 

そんなの寂しくないですか?それともそういう人は排除していくんですかね。

 

そんなことをする方が、よっぽど寂しいと思いますけどね。

 

こだわる意味より、変えていくことに集中してみたら?

 

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伝統的な文化や風習、方言もそうだし、沖縄にはこだわりがいっぱいあります。それが沖縄の良いところであり、個性で、みんなが欲しがるものです。

 

なのにメディアに映る沖縄は、悪い意味でこだわるところばかり映し出されて、本当にもったいないことをしてると思います。

  

今すぐに変えることはできなくても、変えられることから変えていく方法はありませんか?

 

米軍基地は正直、東京の人には遠い世界の話です。普天間基地周辺とほぼ同じ密度といわれている横田基地周辺は、東京都です。でも、普天間ほど騒いでいないのです。

 

それよりも子どもの方がずっと危機感を覚える問題で、解決するべきだと多くの人は分かっています。私は、ママと子どもだけの車両を設けた方がいいと思いますよ。

 

もう少しだけ、人を煽る方法を学んだ方がいい

 

でも、沖縄はアプローチの仕方が少し下手だと感じます。

 

普天間の小学校に、部品が落下したことがあるじゃないですか。あの小学校は普天間ではなく、隣の喜友名という地区にあるのですが、喜友名と普天間は隣同士なのでほぼ同じなんですよ。

 

で、その喜友名で生まれ育ったおじいが、テレビで「子どもが危険だ!出て行け!」と騒ぐ地元の人と紹介されている人を見て、「こんなことを言う奴は喜友名にいない」と言っていました。

 

おじいは米軍から恩恵を受けています。その分、嫌な思いもしています。でもそれはお互い様だと分かっているから、喜友名に住み続けるのです。

 

行き先はたくさんありますし、家はいくらでも空いています。自分の子どもが心配で何よりも大切なら、その場を離れるという苦労と選択をなぜしないのですか?できないのではなく、しない理由はなぜでしょうか。

 

御涙頂戴では、この世界では生きていけません。悲劇のヒロインになって救われるのなら、多くの人がそうしますよ。でもなぜそうしないのか、救われないと分かっているからじゃないんですかね。

 

でも学校に通えないほど貧困であれば、話しは別なんです。手を差し伸べたいと思っている人は、たくさんいます。子どもが大人の事情で、やるべきことをやれないのは残酷すぎます。

 

せめて最低限のことができるようにと、それはして当たり前だと感じてる人たちは、絶対に助けてくれるんですよ。

 

そのためにはアプローチの方法を変えて、助けてくれる人と同じだけ、最低限やるべきことはやらなくちゃいけないんです。それが誠意であり、助けを求める側の姿勢ではないですか?

 

メディアを使えば、たくさんの人を煽ることができます。

 

本当に解決するべきことがあるなら、メディアは賢く使わなければ、良くも悪くも影響力を生むことになるのです。逆手に取れば変えられることはいくらでもあるのに、本当方向性を間違えてます。

 

 

 以上!終了!